郷路弁護士通信
2013年9月3日  魚谷次長、札幌青春を返せ訴訟は戦略も戦術も変更していません。

 魚谷次長は2012年10月17日付けで、「青春を返せ」裁判と「マインド・コントロール理論」という表題の文章をブログに載せています。
 青春を返せ訴訟の経過については別紙「青春を返せ訴訟一覧表」に記載したとおりです。青春を返せ訴訟は、最初札幌で私が提訴しました。その後、静岡、新潟、岡山、名古屋、東京と青春を返せ訴訟が起こされたのです。
 法廷ではマインド・コントロール理論が主張されたと魚谷次長は書いていますが、マインド・コントロール理論が統一協会の布教・教化活動に摘用されて訴訟で主張されたのは、1992年9月4日から1993年7月30日までの間に、札幌の訴訟で提出された6本の準備書面が、日本で初めてです。
 従って、それまではどの訴訟でもマインド・コントロール理論による主張はされていないはずだと思います。

 魚谷次長は「『青春を返せ』訴訟において、法廷が『マインド・コントロール』を根拠に違法性を認めた事例はないのです。ちなみに、この後『青春を返せ』訴訟は戦略を転換しました。結局、『マインド・コントロール』は法廷で認められないため、『正体を隠した伝道』『不実表示』を争いの焦点にした戦略に転換しています。」と主張してているのですが、それは札幌の青春を返せ訴訟に関しては明確に誤りです。
 札幌の青春を返せ訴訟は、統一協会の正体を隠した伝道や宗教ではないと嘘をつくことを当初から事実として主張してきた上で、社会心理学の理論で統一協会の布教・教化活動を詳細に分析して、その事実を主張したのです。その主張の具体的な内容は、魚谷次長が「批判する」という法廷での約束を果たしていない、私の著作『統一協会マインド・コントロールのすべて』に書かれているとおりです。
 従って、マインド・コントロール理論とのかかわりで戦術や戦略が転換されたのではなく、統一協会の布教・教化活動に関する事実を裁判所に明らかにするという従来の方向がより深められ、理論に裏付けられただけなのです。

 札幌の勝訴判決が出される前、広島高等裁判所岡山支部の判決を除いては、全ての「青春を返せ」訴訟が敗訴判決だったり、或いは敗訴的な和解で終結しているというのは魚谷次長主張のとおりです。
 それらの裁判でも、統一協会が勧誘の当初にその正体を明らかにしなかったという事実等が原告から主張されています。それに対して裁判所は、勧誘から約1ヶ月後に統一協会であることが開示されていることや、そのような嘘がつかれたとしても統一協会に加入する人達がわずかであるということを理由に、統一協会の布教・教化活動が違法だという判断をしなかったのです。
 札幌地方裁判所の判決はその点が決定的に違ったのです。即ち、正体を隠して伝道する行為の意味を、その行為が行われたときだけのこととして判断するのではなく、それを統一協会の布教・教化活動全体の中に位置づけてその行為の違法性について判断をしなければならないとしたうえ、統一協会のように、その教義から離脱することが困難になる教えを、その教義自体の中に内包している場合には、正体を隠して勧誘することは信仰の自由を侵害する恐れのある行為であると判断したのです。そのような判断を裁判所がした土台には、統一協会の布教・教化活動全体をマインド・コントロール理論で説明した私達の努力があったと私は考えています。又、ビデオセンターの受講を決定した人の1割が統一協会員になるという事実と、それは驚くべき高率であることも明らかにしました。

 札幌地方裁判所の判断は、統一協会の布教・教化活動について、他の裁判所の判断を一変させる影響力を持ちました。札幌の判決の後、東京地裁、新潟地裁、大阪高裁で原告勝訴の判決が連続したのであり、それらの訴訟は最高裁で全て原告勝訴で確定しています。
 その後青春を返せ裁判は札幌の第2陣1次訴訟及び2次訴訟の提起まで提起されることはありませんでした。従って、青春を返せ訴訟に対する判決は2012年3月29日に言い渡された、札幌の第2陣2次訴訟の判決が久しぶりなのです。この判決も原告の全面勝訴でした。この判決は、統一協会の布教・教化活動が違法である基準を明確にしています。そのことについては、魚谷次長がこの判決の批判をブログで展開しているので、そのブログに対する批判を行う中で明らかにしていきたいと考えています。

以上


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